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明日葉とその歴史

明日葉は江戸時代以前には、「アシタグサ(鹹草) 」「アイタグサ(間草)」、「ハチジョウソウ(八丈草)」などと呼ばれていました。セリ科のアリンジェリカ属は一般的には世界各地の分布している植物ですが、明日葉は日本固有の植物であり、原産地は八丈島、三宅島、大島をはじめとする伊豆諸島とされており、伊豆諸島ではいたる所に自生しています。伊豆諸島・伊豆半島・三浦半島および房総半島の個体は、古くから自生していましたが、紀伊半島のものは近年、紀伊大島に移植されたのです。平安時代末期(12世紀)、伊豆大島に流された 源為朝(みなもとのためとも)が、現地で飢饉が起こったときに、この葉が食用になることを皆に教えて救ったと言われています。伊豆七島では、江戸時代から日常的に食べる野菜や民間薬として珍重され、栄養補給の食品として島民の間で親しまれてきました。島民たちは代々、健康で長寿であり、若々しいのは、この明日葉のおかげであると言えるでしょう。また当時流行していた天然痘にも効果があるということで日本本土の人たちが、島からわざわざ船で明日葉の苗を取り寄せ、自宅の庭先に植えていたという記録も残っています。それほどまでに長い歴史を持っているのが明日葉なのです。

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